第14回新聞配達に関するはがきエッセーコンテスト


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中学生・高校生部門


中学生・高校生部門

優秀作  『夢にむかって』
 丸野 宏夏(15歳) 鹿児島県川辺郡知覧町

 12月中旬から始めて4か月。この4か月で私はたくさんのことを学びました。私が新聞配達をしようと思ったきっかけは、将来留学したいと考えたからです。配達のことを両親に言うと、「社会見学」と許してくれました。
 新聞配達について何も知らなかった私ですが、いざ仕事が決まってやってみると、辺りが真っ暗というハンデもあり、すごく大変な仕事だと言うのがよく分かりました。最初は今の倍くらいの時間を配達に費やしたり、新聞を配り間違えることも多かったです。
 でも私がこの仕事で「いいな」と思ったのは、流星群のときに偶然流れ星が見られたり、朝焼けを見られたり、それらをみんなが寝ている時間に、ひとりで楽しめることです。そしてこの仕事を通し、お金の大切さについて考えることができました。
 たまに眠くて仕事が嫌だったり、暗い景色が怖かったりもしますが、私は今、仕事を許してくれた両親、仕事を与えてくれた新聞社の方、そして近所の方々に感謝し、留学の夢を持って仕事を続けています。



審査員特別賞  『尊敬する父』
 広田 沙綺(13歳) 滋賀県近江八幡市

 私の家は新聞屋です。父は毎日午前1時に起きて、5時に帰宅します。それから朝食をとります。私が起きると疲れているはずなのに、大きな声で元気に、「おはよう!」と言ってくれます。
 父は昼からも仕事へ行きます。新聞に広告をはさんでそろえる仕事で、私もその作業を小さいころから手伝っています。それらはすべて手作業で、しかも広告は紙なので手が切れて血が出ることもありました。私は「痛い!」と言って休んだりしますが、父は血がにじんでいても家族のために、私の何倍ものペースで進めるので感心しています。
 新聞屋は祖父の代から始まったけれど、もう今にもつぶれそうです。最近は新聞がなくても、テレビなどで情報を得られるからです。それでも父は頑張っています。
 そんな父を私は尊敬しています。父は今日も新聞を待っている人たちのために、一生懸命仕事をします。



入選作  『ただならぬ努力』
 石岡 紗弥(15歳) 札幌市厚別区

 「おかえりなさい」
 私が学校から帰ってくるときに出会う新聞配達のおばさんは、いつも私にこう言ってくれる。近所の人でさえ、あいさつを返してくれないこのごろ。そんな中、この一言はとても心を温かくしてくれる。そして、どんなに疲れていても自然と笑顔になれるのだ。
 朝目覚めたとき、外は大嵐・・・・。でも郵便受けには当然のように新聞が入っている。よく見ると端の方は湿っているものの、新聞自体は全く濡れていないことに気付き、配達の方の苦労を思い知る。
 元旦・・・大みそかの夜に、郵便受けに袋を置いておくことが恒例。元旦の新聞はずっしりと重い。この重さを何十軒分も新年早々運んでくださることにも、本当に頭が下がる。朝なにげなく新聞を手にする裏には、ただならぬ努力があるのだ。そして、私はそのおかげで家にいながらにして、さまざまな情報を得ることができることを幸せに思う。
 新聞の一字、一字を自分の実にできるように、私はこれからも新聞を読み続けたい。

入選作  『いちごあめ』
 田口 月奈(16歳) 大阪府寝屋川市

 小学6年生のころ、私はソフトボールチームで4番を打っていた。が、そのときは大変なスランプだった。
 翌日は徳島で試合があったのだが、不安と緊張でほとんど眠れなかった。出発が早かったこともあって、夜明け前にあきらめて素振りを始めた。しばらくすると、新聞配達のおじさんがやって来た。おじさんは私に「早いな」と声をかけた。試合があると告げた私に、赤いあめ玉を渡して「頑張れよ!」と笑顔で去っていった。私は甘ったるいいちごのあめは好きではなかったので、食べずにポケットの中に入れた。
 試合が始まって打順が近づいてきて、私は緊張してふとポケットに手を入れると、いちごのあめがあった。口の中に投げ入れると苦手な甘ったるさが広がった。しかし、不思議と緊張がほぐれた。その試合から私はスランプを脱出した。
 高校生になっても試合の朝は、必ず苦手ないちごのあめを食べている。あのおじさんがくれたのは、一つの新聞と一つのジンクス、そして甘ったるいいちごのあめちゃん。

入選作  『続けられた理由』
 川端 花鈴(12歳) 石川県金沢市

 私は昔、新聞配達のバイトをしていました。
 毎朝4時ぐらいに起きなければいけないし、雨の日は新聞にカバーをかけなければいけないし、とても大変で、そのうえ大部分の家の人は起きていなくて寂しい気がしました。
 でも、どんなに大変でも、一番最後に配る家の人のおかげで続けることができました。その人は、毎朝早く起きて庭で体操をしているとても元気なおばあちゃんです。配達はそこで終わりなので、時間があるときはご飯をごちそうになりました。
 あるときふと、どうしてこんなに早く起きているのかなと思い聞いてみると、「健康のためもあるけれど、やっぱりあなたの顔がみたいからかしら」と言われ、少しはずかしかったけれど、心がほんわかと温かくなりました。

入選作  『新聞でつながる関係』
 渡辺 光咲(15歳) 東京都府中市

 私の住んでいるマンションは、郵便受けが二つの場所にある。ドアのすぐそばに一つあり、ロビーには住民全員のがズラリとある。昔は、ロビーの方に新聞を配達してもらっていたが、ここ2年は、ドアのそばにある方に入れてもらっている。今朝だって、ドアを開けたら新聞が届いていた。
 これは、私にとっては当たり前だけど、配達する人たちは大変だ。なぜなら、うちのマンションは、ドアのそばに行くには小さな門を開けなければならない。私たちは寝ているわけだから、静かに行動するだろう。神経を使いそうだ。しかもその対象はわが家だけではない。違う部屋、違う家、朝からがんばっている人がいる。
 それを考えると、何だか心が温まる。寒い日も、暑い日も、いつだって必ず新聞が届いている。
 私は配達の人の顔を知らない。配達の人も私を知らない。なのに新聞でつながっている。よく考えると不思議な関係だ。

入選作  『笑顔のお兄さん』
 坂田 知謙(15歳) 山口県山口市

 夕方になると、いつもの音が聞こえてくる。夕刊を取りに行くと、いつもの配達のお兄さんがあいさつをしてくれる。それは会ったときの習慣である。多分、お兄さんは疲れていると思う。でも、いつも笑顔でいるから、自分も自然と笑顔になる。
 僕が学校から帰るとき、家から結構離れているところにお兄さんがいた。毎日長い距離を走って新聞を配達していると思うと、驚く。しかも雨の日も雪の日もだ。僕だったら、雪の日に配達をするのは、とてもつらいと思う。
 新聞からもたくさん学ぶことはあるが、新聞のお兄さんからも学ぶことがある。人との接し方、人に対する優しさなど、たくさんある。
 配達がなければ、情報が得られない。だから新聞配達のお兄さんを含めた全員に感謝したい。その感謝の気持ちを、お兄さんに伝える手段として、僕にできることは、元気よく「こんにちは」ということだと思う。だからこれからも、元気にあいさつしていきたい。

入選作  『修学旅行の朝の出来事』
 新井 智子(14歳) 長野県大町市

 今、私の家に新聞を配達してくれている人は、60代の眼鏡おじさんだ。毎朝必ず4時半に来て、いつもの新聞を届けてくれる。いつもは4時半になんて起きないし、新聞に関心なんてないのだけれど、そのおじさんを知っている。
 ちょうど4月の中ごろ、修学旅行のため、4時に起きた日があった。まだ少し薄暗く、日の出前の紫色の空が広がっていた。
 たくさんの荷物を入れたボストンバッグを車へと運んでいたとき、眼鏡おじさんがバイクに乗ってやってきた。当然新聞を届けに来てくれたんだけれど、おじさんは新聞をポストに入れた後、「修学旅行? 楽しんできてね」と言って、重い荷物を運んでくれた。朝早く起きて新聞を届けるだけでも大変なのに、私に声をかけ、荷物を運んでくれたことが、私にとって、とてもうれしいことであった。
 朝早く起きるのはつらかったが、眼鏡おじさんと話せてよかった。私はその日から、早く起きるようにしている。

入選作  『母の支え』
 木内 美華(14歳) 栃木県宇都宮市

 私のお母さんは、朝刊の配達をしています。私は休みの日しか、配達を手伝うことができません。それは、今、部活でとても忙しいからです。関東・全国への出場を決める大切な時期で、ほぼ毎日、勉強、練習でほとんど手伝うことができません。受験生の私は、勉強もしなければいけないので、いつも夜遅くに寝て、朝早くに起きなければなりません。
 毎日がつらく、精神的にもきつくなってきたとき、お母さんが支えてくれました。それは、私が一生懸命に練習して帰ってきたときに、おいしいご飯のにおいがして、笑顔で「おつかれさま」と、むかえてくれました。そして、勉強をはじめて、夜の12時20分ごろにお母さんがきて、「あまり頑張りすぎないで。お母さんにたよってね」と夜食をおいて、寝室に戻っていきました。私はおもわずほっとして泣いてしまいました。
 あんなに頑張っているお母さんが支えてくれて、本当に心からうれしく思い、つらくても新聞配達の手伝いをしようと心に誓いました。




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