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新聞がはこんだ HAPPY NEWS 2005 結果発表
HAPPY NEWS 2005

★ 涙の理由 小林寿美子さん(愛知県)
 「一生懸命の涙」に気付いた女子児童、なんて素晴らしいのだろう。胸を張って歌った後、涙が自然にポロポロと出てくる。こんな感動はなかなか味わうことができない。女の子が自分でそれに気が付くなんて、どんなに一生懸命だったことか。先生がそれについて、もっとも適切な説明をしてくれた。
 今、軽いノリで生きている人間がどんなに多いことか。そしてまた、それをよしとする風潮が流れている。「一生懸命の涙」は、この少女がこれからずっと生きて行くうえで、一生の宝物になることだろう。この年齢になった私でも、一生懸命は大好き。でも、涙があふれるほどの一生懸命には、なかなかお目にかかることができないでいる。先生万歳!女の子万歳!

(中日新聞 2005/4/3付 朝刊 を読んで)
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★ 台風23号で倒木 生命力“桜盛” 田中美枝子さん(京都府)
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 2004年10月31日、夫は宮津の台風災害ボランティアの一員として、午前6時に市役所を出発、午後8時、疲労困ぱいの姿で帰ってきた。泥だらけの長靴や手袋から被災地が受けた打撃のものすごさが推し量れ、かける言葉もなかった。目の前を我が家が濁流に飲み込まれていく。どうすることも出来ない。大切な家族との思い出の品々が泥水に。道路は寸断され、ブルドーザーも入れず、百数人の人々の手渡しで、バケツ1杯ずつ泥をかき出すしかなかった。後ろ髪を引かれる思いで帰路のバスに乗った時、被災地の方々から「ありがとう」の声が。「頑張ってください」と、夫たちも精一杯の励ましを送ったという。
 そして翌年4月、新聞を手に握りしめ、私の枕元に駆け込んできた夫が、嬉しそうに「桜が咲いたぞ!」 目に涙を浮かべている。親子60年続いた店を閉め、私たちの人生をあきらめていたが、そうじゃなかった。生き残ろうと必死に花を咲かせている桜と、被災地の方々の復興への力強い姿が重なった。記事を幾度も読んだ。

(京都新聞 2005/4/18付 朝刊 を読んで)


★ 夏休みの宿題広げ笑顔 渡辺和子さん(福島県)
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 私は、この新聞記事を見て、とってもうれしくなりました。子どもの表情からなんだかしみじみ伝わるものを感じます。きっと、左手前のカブトムシの作品を持ったメガネの男の子は、自分の作品に自信と満足度は百パーセントだったのでしょう。しかし、このトンボの標本のすごさに対する、言葉にならないほどの驚きをうまく撮られたカメラマンさんはすごいと感じました。
 私にも小学3年生の長男、1年生の長女と、二人の子どもがいます。子どもがひとりの力で完成させるのが難しい作品は、主人にも協力してもらい、家族全員で作って完成させて「親子のふれあい」を大切に楽しい夏休みを過ごしました。
 きっとわが子も、8月25日の始業式の日に、学校の自分の教室内でこんな表情をしていたにちがいないと感じました。心の温まる写真にありがとう。子どもたちの輝きあるキラキラした目と、たくさんの笑顔にありがとう。

(福島民友新聞 2005/8/26付 朝刊 を読んで)


★ 金婚式 苦楽を共に50年 福本かおりさん(高知県)
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 私の夢。それは幸せな家庭をつくること。5歳の時に父を亡くし、母子家庭で育ったせいか、にぎやかな家庭にあこがれが強かったのかもしれません。9月2日、新聞を広げると、おじいさん、おばあさんの笑顔、笑顔、笑顔。それは高知県内で行われた「金婚夫婦祝福式典」の写真でした。お年は70歳前後でしょう。どなたもにこやかで、手をつないでいる方もいらっしゃいます。19歳で夢のスタートラインに立った私。家族も4人になり、夢が形になってきました。そして、新たな夢。いや目標…それは金婚式を迎えること。今から40数年後、今よりも、もっともっと素敵な笑顔で、主人と二人寄り添いながらいられることを思い描き、1日1日を平凡でもいい、大切に過ごしていいこう――簡単そうで難しい、そんな当たり前のことをあらためて考えさせてもらうことができました。現在、結婚4年目。「革婚式」からピッカピカの「金婚式」目指し、心身共に元気でニコニコ過ごしていこう。そんなパワーをもらいました。

(高知新聞 2005/9/2付 朝刊 を読んで)


★ 迷いインコ 住所話し飼い主の元に 吉田邦子さん(東京都)
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 盛岡市紺屋町戸田さん方のセキセイインコが逃げ出したが、2日後に戻ってきた、という記事が2005年9月20日付の新聞に出ていました。
 私も迷いインコを「ピピ」と名付けて、15年間飼っていました。その間に2回逃げてしまいました。言葉を覚えてなついていたのですが、ある時ピピが話しかけたのにいいかげんな返事をしていたら、かんしゃくをおこして逃げてしまいました。インコは直線距離で1キロくらい飛ぶと聞いていたのであきらめていたら、30分ほどして帰ってきました。広い東京で団地は沢山あるのに、よく家がわかったな、と感動を覚えました。
 どんなに小さな小鳥でも、愛情を持って育てれば、逃げても戻ってきます。また、小鳥といえども、いなくなった時の飼い主の喪失感は言いようがありません。自ら名前を言った戸田さんのインコと戸田さんに、心から「おめでとう」と言いたいと思いました。

(岩手日報 2005/9/20付 朝刊 を読んで)


★ 心支えた捨て犬「クロ」 永瀬純子さん(新潟県)
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 人と犬が「出会った」環境の中で、種を超えた「愛」を育てたことに感動した。私の亡き父は、この記事と同じシベリア抑留者。約3年間バイカル湖近くで、鉄道工事などで働かされていた。詳しいことは知らないが、冬の寒さの厳しさは何度も聞かされた。おしっこをしていると、みるみるつらら状に凍ったり、息が氷の粒となってまつげやひげに着いたり、いつも空腹で辛い日々だったことなど。慰めは、日本の方角を向きながら「椰子(やし)の実」を歌い、帰る日のくることを願うことだったと聞かされた。今、父と話すことはできないので、このクロという犬を知っていたのかは、わからない。しかし、クロが父のそばにいたとしたら、辛さも半減したに違いないと思う。
 クロにとって井上さんたちがかけがえのない家族だったからこそ、「別れ」は存在しなかったのだろう。

(読売新聞 2005/9/25付 朝刊 を読んで)


★ 天気予報図全国「晴れ」 本田昭毅さん(佐賀県)
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 雨の日は子どものころからきらいだった。小学校まで2キロ。雨の日、かさをさしても、学校に着くまでに服はぬれてしまい不快だった。「雨が降ります 雨が降る」の「雨」の歌を歌いながら登校した。天気が良くなれば、野山の鳥の声が聞こえ、気持ちが良く、「赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い」の「赤い鳥小鳥」を歌い登校したのを覚えている。高学年になったら、よその県では今日の天気は晴れだろうか、雨だろうか、と考えるようになった。日本中どこでも晴れるといいな、という気持ちは今も続いている。北海道や東北は秋が短く冬が長く、春が来るのが遅い。晴れの日は少なく、雪の日が多い。沖縄では梅雨入りが早い。夏から秋にかけて、台風が日本列島に接近する。全国「晴れ」の日は年間を通して数少なく、その日の天気予報は、忘れずに切りぬいている。いつも、天災地変のない安全な日々を願っており、天気予報で全国「晴れ」の日は、朝から快適である。

(毎日新聞 2005/11/2付 朝刊 を読んで)


★ おにぎり 長谷川素子さん(秋田県)
 今年の冬は雪がとても多く、皆が大変な思いをしていました。そんな中でも隣近所が集まって道路の雪寄せをしたり、動けなくなった車をお互いに押し合ったりと、心温まる光景もあちらこちらで見かけられました。
 雪も心も少し落ち着いてきたころ、この記事が目に留まりました。
 動かない車の列を見て、何かせずにいられなかった優しい人々のこと、また、冷え切った心におにぎりがどれだけ温かさを運んでくれたかを思うと、胸に迫るものを感じました。私もおにぎりをもらった一人のように心が温かくなり、HAPPYになりました。

(秋田魁新報 2006/1/28付 朝刊 を読んで)
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★ 結婚記念日 小川ますみさん(北海道)
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 子どもの学費はまだかかるし、給料は下がる一方、おまけに主人は遅番で帰りは9時過ぎ。結婚記念日を祝うゆとりなんてこれっぽっちもない、とあきらめていた夕暮れ、夕刊を開くとこの記事が目に入った。見出しは「結婚記念日」。手にバラの花束を持ったハニカミ屋の夫。なんとか結婚記念日に間に合うように夫を家まで送り届けたタクシー運転手の粋な計らい。そこまでの文章だが、奥さんがどんなに喜んだか、どんなにハッピーな気持ちになったか想像できる。とても温かい余韻で、私までハッピーになった。夜遅く主人が帰って来て「今日、何もできなかったね」と言ったので、「ううん、今日の夕刊から胸一杯の大きなバラの花束をもらったよ」と新聞を主人に手渡した。
 2月17日、その日はまさに私たち夫婦の26回目の結婚記念日だったのだ。
 本当に幸せ一杯の日になりました。

(北海道新聞 2006/2/17付 夕刊 を読んで)


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